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新美南吉

新美南吉

表題の人物をご存知だろうか?  名前は聞いたことあるけど?・・・・・
では、童話「ごんぎつね」は?  小学4年生の教科書に載っている話なので殆んどの人が知ってるでしょう。「ごんぎつね」は新美南吉の代表作です。

主人公の"ごんぎつね"は、自分の罪を反省し良い事をするが誤って殺されてしまう。教科書で扱われるくらいなのに何故こんなに哀しい話なんだろうか。 テグジュペリの"星の王子様"のように読み終わった後に考えさせられることがたくさんあります。

新美南吉

小学4年生がこの話を読んでどう受け止めるのだろうか。学校教育では生徒たちにこの話から何を学んでもらおうとするのだろうか。 とても興味深いです。

南吉がこの話を書き上げたのは18歳の時だったのには驚きです。
南吉自身はこの話をどんな気持で書いたのだろうか。
ヒントになる南吉の言葉が残っています。

「やはり、物語には悲哀が無くてはならない。悲哀は愛に変わる。」

新美南吉の人生そのものが悲哀の積み重ねでした。
29歳と言う若さで夭逝した南吉の波乱、でも最後まで愛を失わなかった生涯を紹介した展覧会「ごんぎつねの世界展」が現在静岡市美術館で開催されています。

新美南吉

3年前に半田市に在る「新美南吉記念館」を訪ねたことがありますが、静岡市美術館の展示内容は「新美南吉記念館」のそれよりも充実しています。
南吉ファンの方は是非静岡市美術館を訪ねて見てください。一見の価値充分にありです。


南吉の気持ちを凝縮したようなお話をご紹介します。

「でんでんむしのかなしみ」

一ぴきの でんでんむしが ありました。
あるひ、その でんでんむしは、たいへんな ことに きが つきました。
「わたしは いままで、うっかりして いたけれど、わたしの せなかの からの なかには、かなしみが いっぱい つまって いるではないか。」

この かなしみは、どう したら よいでしょう。
でんでんむしは、おともだちの でんでんむしの ところに やっていきました。

「わたしは もう、いきて いられません。」
と、その でんでんむしは、おともだちに いいました。

「なんですか。」
と、おともだちの でんでんむしは ききました。
「わたしは、なんと いう、ふしあわせな ものでしょう。わたしの せなかの からの なかには、かなしみが、いっぱい つまって いるのです。」
と、はじめの でんでんむしが、はなしました。

すると、おともだちの でんでんむしは いいました。
「あなたばかりでは ありません。わたしの せなかにも、かなしみは いっぱいです。」

それじゃ しかたないと おもって、はじめの でんでんむしは、べつの おともだちの ところへ いきました。

すると、その おともだちも いいました。
「あなたばかりじゃ ありません。わたしの せなかにも、かなしみはいっぱいです。」
そこで、はじめの でんでんむしは、また べつの、おともだちの ところへ いきました。

こうして、おともだちを じゅんじゅんに たずねて いきましたが、どの ともだちも、おなじ ことを いうので ありました。
とうとう、はじめの でんでんむしは、きが つきました。

「かなしみは、だれでも もって いるのだ。わたしばかりではないのだ。わたしは、わたしの かなしみを、こらえて いかなきゃ ならない。」
そして、この でんでんむしは、もう、なげくのを やめたので あります。


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